城下町(伊東氏飫肥藩5万1千石)である飫肥(おび)の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されています。 種別としては"武家町"ですね。
国から選定されたのは昭和52年(1977年)で、我が国の重伝建地区としては2番目の古株だとか。
この点からも、早くから保存活動が行われていた貴重な歴史的町並みであることが分かります。
城跡の周辺には、かつての武家屋敷が沢山残されていました。
屋敷の面する道は結構広めで、まっすぐに延びています。
雰囲気としては、閑静なお屋敷町という感じですね。
石垣や土塀、生垣、花木などがよく整備されているので、歩いていて、とても気持ちの良い空間でした。
そのなかでも、ひと際目立って立派な建物が旧藩校の振徳堂です。
天保2年(1831年)に飫肥藩の藩校として建てられたものとか。
高さが2mを超えるという高い石垣に囲まれた広大な敷地に、長屋門や主屋が当時のまま残されています。
ここからは、明治期に国際外交の舞台(日露戦争後のポーツマス会議日本全権など)で活躍した小村寿太郎などを輩出しました。
この振徳堂(藩校)を訪ねてみると、見るからに厳格そうな造りで、まるで禅寺か道場のようでした。
このような小さな外様藩から小村寿太郎のような人物が出たことは、藩の教育水準の高さとともに、明治初期の大らかさと面白さを感じますね。
飫肥の武家屋敷町は、江戸期の道路や地割りなども、そのまま残されていて、歩いているとタイムスリップしたかのような感覚に陥ります。
ここは、皆さんにぜひ見学をお勧めしたい場所のひとつですね。