観光研究者の街歩きフォト日記

まちを歩き、観察する観光・地域ブランド研究者の写真ブログです。

同志社の近代建築(京都まち歩き#14)

今回の京都行きでは、所用のため同志社大学に立ち寄りました。

京都の大学は、いかにも大学らしい落ち着いたキャンパスをもつところが多いですね。

同志社大学今出川キャンパス(京都御所の北、旧薩摩藩邸跡)には、国の重要文化財が5つもあります。 これは凄いですね。

いずれも明治期以降に建てられた近代建築で、煉瓦造りの建物です。

写真は「彰栄館」を撮ったもの。

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1884(明治17)年築で、京都では一番古い煉瓦建築物だとか。

アメリカン・ゴシック調の瓦葺き煉瓦造りの2階建てで、設計者はD.Cグリーンです。

この建物は、時計塔が特徴的ですね。

それに瓦葺きというのも、日本人として親しみが持てます。

現在は同志社中学が使っているそう。

次の写真は「クラーク記念館」です。

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1894(明治27)年築で、ドイツのネオ・ゴシック様式を基調としています。

設計したのは、ドイツ人のR.ゼール。

尖塔がとても印象的で、同志社のシンボル的建築物となっています。

ここのキャンパスは、さほど広くはありませんが、よく手入れされていて気持ちが良かったです。

訪れた日は、写真のように留学生らしき若者がキャンパス内を闊歩していました。

彼らには、勉強はもちろんですが、日本での生活を存分に楽しんでもらえたら、と願っています。


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糺の森と下鴨神社(京都まち歩き#13)

京都に行くと、たまに訪れるのが「糺の森(ただすのもり)」です。

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高野川と賀茂川の合流する三角地帯にある原生林で、その面積はおよそ12万4千㎡(東京ドーム3個分)もあるとか。

この森は、下鴨神社賀茂御祖神社)の境内にある社叢林ですね。

原生林なので大木や古木などが無数に繁っていますが、森のなかは案外と明るく感じます。

これは常緑の針葉樹が少なく、落葉樹が多いという、この森の植生からくるものらしい。

このため、森林浴を兼ねて森の中を散歩すると、とても爽快な気分になります。

糺の森」の奥に鎮座するのが「下鴨神社」(賀茂御祖神社)です。

上賀茂神社賀茂別雷神社)と対になった古社で、賀茂氏氏神を祀っています。

山城国の一宮(いちのみや)でもありますね。

初夏(5月)に行われる有名な「葵祭賀茂祭)」は、両社の例祭です。

次の写真は「下鴨神社」の楼門を撮ったもの。

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立派で堂々とした造りには圧倒されますね。

楼門を潜って境内に入ると、とても静謐で清浄な空気が漂っています。

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下鴨神社」には国宝2棟、重要文化財31棟の建造物があるらしい。

さすがに京都で一番の古社です。

現在は、ユネスコ世界文化遺産にも登録されています。

糺の森」を歩き、「下鴨神社」に参拝したあとは、門前にある甘味処の茶屋で"みたらし団子"を食べるのが個人的な習慣となっています。

"みたらし団子"の発祥は、ここ「下鴨神社」ですね。

糺の森」の"みたらし池"に湧き出す水泡を形どって作られたのが"みたらし団子"とか。

下鴨神社」に行かれたら、是非"みたらし団子"も味わってみてください。


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八坂の塔(京都まち歩き#12)

前回のブログに書いた ”石塀小路” から、さらに南へと少し下がったところにあるのが ”八坂の塔” です。

法観寺臨済宗建仁寺派五重塔で、室町幕府6代将軍・足利義教が1440年に再建したものとか。

今は国の重要文化財に指定されています。

その高さは46m(一説には49m)で、東寺(京都)、興福寺(奈良)の五重塔に次ぐ高さだそう。

この塔は周辺のランドマークとなっていて、今では東山の景観に欠かせない建造物として知られています。

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写真の手前に写っているのは ”文の助茶屋” です。

落語家・二代目桂文之助が開業した甘味屋さんですね。

このように京都には、至るところに絵になる(フォトジェニックな)風景や景観があります。

でも残念なことに、いかにアングルを工夫して撮っても電線や電柱が入ってしまうことが多い。

古都・京都に電柱(&電線)は似合いませんね。

日本が観光立国を目指す以上は、景観等に配慮して電線の地中化を積極的に推進して欲しいと思います。


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石塀小路(京都まち歩き#11)

京都を訪れると、よく歩くのが八坂神社から高台寺あたりです。

四条河原町の繁華街からも近く、時間さえ選べば静かな散歩道となっています。

八坂神社から八坂の塔法観寺)方面に歩いていくと、左手(東側)に石塀小路があります。

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ここは大正時代に、貸家街として計画的に造られた街区とか。

石垣の塀や石畳の小道に沿って、料理屋や旅館などが立ち並んでいます。

次の写真は、石塀小路へとつながる小さな入り口を撮ったもの。

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トンネル状になっていて、まるで異界へとつながっているかのよう。

ここを抜けると、石畳の静かな街並みが現れます。

道に敷いてある石畳は、市電が廃止された後の石材を持ってきたものだそう。

それにしても、今ではなかなかに良い雰囲気の小路となっています。

石塀小路を歩いていると、民家に粽(ちまき)が飾ってありました。

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粽は笹の葉で包んだ餅菓子ですね。

でも、この軒先の粽は食べられません。

祇園祭宵山の日だけ、厄除けの粽が授けられます。

それを一年間、玄関先に飾っておくというもの。

この粽には「蘇民将来之子孫也」と書いてあります。

スサノオノミコト」(八坂神社の祭神)が南海へと赴く途中、日が暮れて宿を探していたときに、貧しい「蘇民将来」が稗(ひえ)の食事と藁(わら)の布団でもてなしたそう。

それを喜んだ「スサノオノミコト」が、蘇民の子孫を疫病から守ると約束した、そしてその目印に茅の輪を腰に付けさせた、という神話から厄除けのお守り(粽)に上のような文言が書かれています。

京都の街は、昔ながらの風習を守りながら、それが生活のリズムとなっているようです。

なお、次の写真は、玄関の上の屋根に置かれた鍾馗さんです。

これも、以前に紹介したように厄除け(道教)のお守りですね。

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京都では、名所旧跡もさることながら、街なかで見かける日常風景や人の生業などに興味がひかれます。

石塀小路には、京都のまち歩きの面白さが凝縮されているようです。


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松坂屋・旧京都仕入店(京都まち歩き#10)

久しぶりのブログ更新となりました。

先週末の台風19号は、東日本に大変な被害をもたらしました。 

被災された地域の皆さまには、心よりのお見舞いを申し上げます。

一方、ラグビーワールドカップでは日本がスコットランドに勝利、ベスト8進出を決めました。

長年のラグビーファンとしては、本当に感無量です。 次の南アフリカ戦も、良い試合を期待したいと思います。

さて、京都まち歩きの続きです。

写真は、かつての"松坂屋・旧京都仕入店"を撮ったもの。

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場所は、前回まで紹介した"無名舎"の道を挟んで、すぐ前にありました。

過去形で書いたのは、この店は2010年の夏に閉鎖された後、解体されてしまったからです。

今は、瀟洒なホテルへと建て替わっています。

町家建築として、とても立派な建物だっただけに全く残念です。

松坂屋と言えば、名古屋が地盤の百貨店ですね。

その松坂屋が、仕入のための店舗を京都に開設したのが、この建物とか。

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1745年に室町姉小路に開設したのが始まりで、1749年に写真の新町六角通下ルに移転してきました。

このあたりは呉服の問屋街で、京都での仕入拠点として設けられたものらしい。

閉鎖される直前には、染織デザインの研究所として使われていたそうです。

百貨店業界は構造不況で大変なようですが、昔は仕入れに、たいそう力を注いでいた様子が伺えますね。

昔ながらの町家建築が壊されていくのは、街の歴史や景観が変わっていくようで、なかなか辛いものがあります。

町家建築を活かしながら、それらを何とか後世へと受け継いでいって欲しいと思うのですが・・・。


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京町家「無名舎(吉田家住宅)」その2(京都まち歩き#9)

今回は、京町家の造りや雰囲気を実際に体験すべく訪れた「無名舎(吉田家住宅)」の続きとなります。

この建物の特徴は、典型的な「表屋造り」(おもてや・づくり)にあります。

「表屋造り」とは、店舗と住居の棟を分けて、あいだに中庭を設けた町家の造りをいいます。

商家のなかでも、大店に多く見られる建物の構造ですね。

ここ「無名舎」の建物には、二つの中庭があります。

店舗側に面する中庭からは、座敷越しに、もう一つの中庭が見える構造となっています(次の写真の通り)。

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これは、手前にある日陰の中庭と、奥の日向(になた)の中庭の二つを造ることで、真ん中の座敷に風が通るようにしたものだとか。

京都の暑い夏を、いかに凌ぎやすくするか、本当によく考えられています。

店舗側(日陰)の中庭は三方正面となっていて、店の間、玄関、中の間のいずれからも鑑賞できるように作られています。

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陰影の濃い石灯篭の傍には、高く茂った棕櫚竹(シュロチク)を配置して、とても見応えのある庭となっています。

手水鉢が小判型をしているのは、商家ならではというところでしょうか。

この小宇宙的な庭を眺めていると、時間が経つのも忘れるほどでした。

こうした京町家を維持していくのは、本当に大変なことだと思いますが、ぜひ後世へと受け継いでいって欲しいと心から思いました。 

 
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京町家「無名舎(吉田家住宅)」(京都まち歩き#8)

京町家の造りや雰囲気などを実際に体験したくて、「無名舎(吉田家住宅)」へとやってきました。

ここは、内部を一般公開している京町家で、現在も住宅として使われています。

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場所は、京呉服の問屋街「室町」の一角、新町通六角町にあります。

この建物は、白生地問屋を営んでいた商家で、1909(明治42)年の建築とか。

千本格子の外観が特徴的な建物です。

そして内部は、京都の大きな商家に見られる典型的な「表屋造り」(おもてや・づくり)となっています。

具体的には、道路側から順に、店舗棟、住居棟、土蔵と続き、それらを結ぶ「通り庭」、それに二つの中庭があります。

次の写真は、天井まで吹き抜けた構造で、風を通す「通り庭」です。

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表から奥まで続く細長い土間となっていますね。

夏が暑い京都の気候に、うまく合わせた構造となっています。

でも冬場は、かなり寒そうです。

表の ”店の間” から、さらに一歩奥に入ると住居部分となります。

そこのあるのが「台所(だいどこ)」ですね。

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この部分の「通り庭」は、「走り庭」とも言われるとか。

なんとなく感じが分かりますね。

次の写真は「おくどさん」を撮ったもの。

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おくどさん」とは、煮炊きをする「かまど」のことです。

とても立派な「かまど」で驚きました。

火を使うためか、神社のお札が置いてありました。

京都の商家の暮らしぶりが、何となく想像できて興味が尽きなかったです。


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